この砂がぜんぶ落ちるまで(2話)

 自宅の一部を改装して、長年集めてきた小物や本、食器などを並べている小さな雑貨店の中は、常に整然と整えられている。これは、店主である大島龍平の性格によるものだ。毎朝必ず、すべての商品と商品棚を磨き、整頓する。

 その日も、入り口のドアを開けて店に新しい空気を入れ、雑貨の手入れをしていた大島は、駐車場に一台の車が入ってくるのに気づいた。週末でもないのに、こんなに早い時間に客が来るのは、少し珍しい。まだ磨いていない商品があることを気にかけながらも、ひとまずは掃除用のクロスを片づける彼の視界の隅に、「こんにちは」と言いながら店内を覗く女性の姿が映る。その声に、一瞬、体を止めた後、大島は「いらっしゃいませ」と顔を客に向ける。

 「あ…」
今度は、客のほうが動きを止める番だった。直後、大島も再度、硬直した。

 「…か?」
沈黙を破ったのは、大島だった。夏芽と呼ばれた客は、黙ってこくりと頷くと、その表情に徐々に驚きの色をにじませる。
 「…先生?」
店の入り口に立ったままの夏芽の髪が風に揺れ、彼女はとっさに手で押さえる。「あぁ、入れ」という大島の声に吸い込まれるように、夏芽は店内に足を踏み入れた。

 「どうして…?」
店内をぐるりと見渡しながら、驚きの表情を濃くしていく夏芽に、大島は、この店を始めた経緯を話す。コーヒーを淹れて夏芽を店内の小さなソファに促す頃には、二人の空気は、緊張と懐かしさ、そして和らぎのらせんを描いていた。

 「じゃ、これ、全部先生が集めた物なんだね」
ソファに腰を下ろし、大島の淹れたコーヒーのカップを両手で包みながら、夏芽は嬉しそうな声で店内を改めて見回した。
 「俺が死ぬまでに、全部売れるかな?」
おどけたような声と笑顔で目を合わせる大島に、夏芽も「先生、変わらないね」と笑いかける。

 栗原夏芽は、大島の教員時代の教え子である。
十年近く務めた高校から初めての転勤で、大島は、夏芽が通う高校へと赴任した。夏芽が高校二年生になる春のことだ。担任教師と一生徒として知り合った数ヵ月後、期末試験の頃には、夏芽は、心の片隅に、大島への恋心が渦巻き始めているのに、気づいていた。そして、気づくことと並行して、背を向けていた。十五歳も年上の、しかも教師を、好きになるなんて…。
 「あり得ない」と呟いて校門を出ると、夏芽は、一学期最後のセーラー服姿を風になびかせながら、隣の高校に通う同い年の恋人が待つ駅へ向かった。

最新情報をチェックしよう!
>雑誌「KIWI TIME」について

雑誌「KIWI TIME」について

2010年創刊。雑誌「KIWI TIME(キウィタイム)」は、K&J MEDIAが毎月発行するビジネス系無料雑誌です。ビジネスに関する情報やインタビュー、仕事の息抜きに読みたくなるコラムが満際です。

ニュージーランドで起業している方や起業をしようと考えている方を応援します。

CTR IMG