”さらなる新しい教育の形に挑んで”大橋節子さん

教育の可能性に挑む

NZと日本、二つの国の「ひとつのIPU」で

ニュージーランド北島南部に位置する学園都市、パーマストンノース。市街から南に車を走らせ丘陵地を上がっていくと間もなく、新興住宅街が広がるエリアにたどり着く。ショッピングセンターの賑わいを見ると、ここがかつて何もない荒涼とした地だったと想像するのは難しいかもしれない。この丘の中心に位置するのがIPU New Zealand Tertiary Institute、日本名称インターナショナル・パシフィック大学だ。大学構内に入った途端に目に入ってくるのは、広々とした草木に彩られた庭園のようなキャンパス。これがNZに魅せられた一組の日本人夫婦が取り組んだ壮大な夢の序章だったと知ると、さらに驚かされる。1990年の開学当時からこの大学に愛情を注ぎ育ててきた、創立者の一人であり、現学長の大橋節子氏。日本人が個人で「NZに大学を設立する」という大胆な発想はどこから生まれたのかを知りたく思い、大橋学長に開学当時を振り返ってもらった。

 

パーマストンノースだからこそできた

「IPU開学準備時の1980年代後半、私たち夫婦(ご主人は大橋 博・創志学園理事長)は関西地方を中心に、塾と予備校を運営していました。大橋は早い時期から若き教育者として、「日本人の若者に対する国際教育」の必要性を説いてきました。しかし当時は留学よりはむしろ「遊学」、つまり語学留学と称して海外渡航するも、何の経験、結果も得ず帰国。留学したのに英語も話せない、というケースがほとんどでした。『ならば我々が海外に学校を作って、そこでしっかりとした教育が受けられるような環境を整えてしまえばいいのでは』という、今までにない視点での学校設立のアイディアがスタート地点でした。唯一決めた条件は、環太平洋圏の英語の国での設立ということだけで、国際教育にかける情熱だけが私たちを駆り立てたような気がします。当初、候補地としてアメリカを考えていました。ワシントン州からカリフォルニア、テキサス等を訪問して周り、提携したいと申し入れのあった学校や大学もいくつかあったのですが、決定的な判断をくだせないでいた時、私の兄が駐在していた国『ニュージーランドもいいよ』というアドバイスをくれたのです。日本人が『海外に住む』ということを念頭に置くと、『安全・安心』の面を最優先にしなければならないので、ニュージーランドは最適に思えました。実際にニュージーランドの主要都市を訪問し、どの街も魅力的に映りましたが、最終的にパーマストンノースに決めたのは、当時のポール・リーガー市長が素晴らしい方で、彼を首長とする市議会の大きな協力の申し出があったからです」

1980年代後半当時、ニュージーランドには私立の高等教育機関という概念はなかったという。海外で、しかもその国で前例がないことを外国人が行うというのは、並大抵なことではなかったはず。市からの協力が得られたとはいえ、開学まで問題なくスムーズにことが運んだのだろうか?

「大橋博がパーマストンノースに学校を!と決めた当初、資金にも限りがあったので、売りに出されていた街の中心にほど近いホテルを買い取って教室を整備しようと考えていたのですが、『いっそのこと、ここはどうだい?』とパーマストンノース市議会の方々に連れてこられたのが、市の中心から外れた、風が吹きさぶアオカウテレの丘でした。現在IPUキャンパスのあるこの丘は、全く未開発の地(昔はマオリの地だった)だったんですよ。でもこの地に感じる『気』の流れに『ここだ!』というものを感じ、その直感を信じて21ヘクタールの土地を購入しました。この地の一角に現在でもゲストハウスとして利用している一軒家があるのですが、我々はそこに寝泊まりしながらキャンパスの建設工事を進めていました。主人が日本で仕事をするかたわら、私が一人でこの家に過ごすことも多く、見知らぬ土地での生活に不安を感じる日々でした。周りに一軒の家屋もないため暗闇の夜は心細く感じられ、『本当にこんな何もないところに学校なんかできるのだろうか?』と心配する日々が続きました。各施設がひとつひとつ完成していくのを目にして徐々に、ああ本当にできるんだなあと実感できるようになったのは随分先のことです」

 

NZ教育史上で初めての私立高等教育機関の誕生

「当初は高校の海外キャンパスを設立するという案もあったのですが、パーマストンノース市議会の勧めもあり、設立する学校は『大学』とすることにしました。キャンパス建設と大学の認可申請を同時に進めていたのですが、ここで問題になったのが、ニュージーランドにおける『大学は国立のみ」という慣例です。このため、NZ政府から大学設立の認可が下りなかったのです。今でこそ私立の高等教育機関が大学学位(NZQA Level 5以上)を授与するのは珍しくありませんが、私たちがIPU(当時はIPC)を開学するまでは皆無でした。市の協力のおかげでキャンパス整備が進んでいるのに、肝心な教育機関としての認可が下りないという危機的状況の中、私たちにできることは、とにかく発言力や影響力のある協力者を募ることでした。パーマストンノース市議会の方々をはじめ、日本国大使、日本の国会議員の方、NZの国会議員の方に今後の国際教育の必要性を訴え続け、最終的に大橋博がNZ国会で召喚されることになったのです」

 

NZ国会で受け入られた国際教育の必要性の主張

「当時、国立大学のみが最高学府と考えられていたニュージーランドでは、個人で私立の大学レベルの教育機関を設立するには、その必要性を訴え、国としての賛同を得られなければ実現化はあり得ませんでした。大橋はこれからの世界がグローバル化と、その流れでNZにも必ず国際教育が重要になる日が来ると、全国会議員の前で説いたのです。主張を語り終えると議場から拍手が湧き上がり、それが大学設立の厚い壁を突破することができたと感じた瞬間でした。結果的に1990年、NZで初めて大学学位を授与することのできる私立のTertiary InstituteとしてInternational Pacific Collegeが誕生しました。市と地元マオリの方々と一体になった開学式では、当時のNZ総督ポール・リーブス卿の開学宣言により、正式にインターナショナル・パシフィック大学がスタートしました。日本人留学生たった69名の開学式。しかしそれはこれからの歴史を作ってくれた本当に大事な69名でした」

現在、日本人だけでなく、多くのキウィ学生や他国からの留学生400名(30%日本、20%NZ、15%ベトナム、15%インドネシア、20%他国)が共に暮らし、学んでいるIPU。以前は「日本人のための学校」というイメージもあったというが、現在の姿はグローバルそのもの。しかし、IPU開学から30年弱、日本の留学生の変化は良くも悪くも顕著だと言う。

「IPUで学ぶ留学生はアカデミックの素養だけでなく、多文化環境で広い視野を身につけています。その上でキウィ文化とNZの大自然に触れ合うことで、力強く生きる術を身につけてほしいと願っています。開学当初は、いい意味でも悪い意味でもやんちゃな学生が多く、英語が全くできなくても地元コミュニティーに飛び込んでいき、生きた英語やNZ人さながらの生活経験を日本に持ち帰って、それを生かすという学生が多かったのですが、最近の学生は真面目で英語はそれなりにできるけれど、あまり冒険せず……という子が多いですね。『IPUのキャンパスはNZ全土なんだ』ということを認識して、キャンパスはあくまでも家、本当の留学はキャンパス外にもある、という思いで、留学生活を充実させてほしいと思います」

 

こんな教育があればいいな、という発想

「残念ながら負けちゃったわね」今夏の甲子園高校野球「創志高校」の試合を振り返っての一言だ。笑顔の中にも悔しさが滲み出ている。校名が示す通り、同高校は大橋博・節子夫妻が築き上げた総合教育グループ創志学園傘下の学校。学校法人7(学校数25、事業所数177)、教職員数2300名、グループ全体の生徒数37000名という巨大グループだが、IPUはその中でも最初の子供と言ってもいい。夫妻が若かりし頃に始めた塾、予備校、IPU 、そして他の教育事業…全てが彼らが描く「夢、挑戦、達成」を描いて実践してきたことだ。

「こんな教育があったらいいな、もっと子供が伸びるのにな、というのを常に考えているから、前例にとらわれないんです。生徒数1万名以上が学んでいるクラーク記念国際高校も『毎日通学できる全日型の通信制教育学校』という新しいコンセプトで、社会人が仕事の合間をぬって通学する『夜学』や『通信教育』の概念を根本的に変えたという自負があります。そして、IPU New Zealandをさらに発展させる形で開学した、日本で初の『教育とスポーツの融合」を実践しているIPU Japan=環太平洋大学。教員を多く輩出するとともに、スポーツ界にアスリートのみならず、トレーナーや指導者を送り出しています。この二つの国の「ひとつのIPU」で、さらなる新しい教育の形に挑んでいます。今後は日本でスポーツを専攻している学生にNZでの大自然アクティビティーにもチャレンジしてもらいたいと考えています。『今まで存在しなかったけれど必要とされる教育』というものがありますよね。教育は子供の未来のためのもの。みんながドキドキするような学校を作っていきたいと思います」

 

大橋節子(博士-人間科学):(DR SETSUKO OHASHI)
IPU New Zealand Tertiary Institute学長
IPU環太平洋大学(岡山)学長
日本とNZを行ったり来たりの忙しい日々の中、見かけた学生全員に話しかけるようにしているという。芸術への造詣が深いことでも知られている

www.ipu.ac.nz

www.ipu-japan.ac.jp

 


インタビューを終わって

熱く、そして楽しそうに教育を語ってくれた大橋節子氏。本誌を手に取り、「頑張っている学生も取り上げてね」とさりげなく出てくるその言葉に、学生への思いやりと期待が感じられた。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.104(2018年11月号)」に掲載されたものです。

投稿者: kjadmin