今夜の月の色【最終話】

 

あれから、何度、満月を眺めただろう。
リカさんが既婚であること、離婚に向かっていることを知り、俺も十二年前に妻が他界していることを伝えた。そのときは、メールのやり取りに浮かれていた自分と、人生の一大事に向き合うリカさんの重い心の対比が、あまりにも情けなかった。

しかし、思いのほか早くリカさんから返信が来たとき、情けなさは、泡のように一瞬にして弾けた。メールの件名が《嬉しい》だったからだろう。それだけで、あの消え入りたいような感情が見えなくなってしまうことに、俺は、恋している自分を認めざるを得なかった。こんなに何も理解していなかった俺に《嬉しい》という件名でメールを返してくれる。本文がどんな内容であれ、その四文字は俺の心を躍らせるのに充分な甘さを放っていた。

(こんな俺は、少しもリカさんのことを思いやっていないのかもしれない。あまりにも身勝手で利己的なのかもしれない。この瞬間も、リカさんは苦しい思いをしているかもしれないというのに…)
そんな自責が、心の奥のほうで、妻への愛情と絡み合って見え隠れしているような気もした。
しかし、恋とはそもそも、身勝手なの想いのかき集めなのだろう。思いやり、相手のため、心配だから…。あらゆる言葉に書き換えられて、恋という自己愛は美化される。だとしても、(美化の何が悪い。美しいことには変わりないだろう)という開き直りに背中を押され、俺はメールを開いた。

リカさんからの返信には、安心したということが書かれていた。俺についていた嘘を打ち明けることで、関係が切れてしまうのではないかと不安だったこと。その嘘を受け止めてメールを続けたいと俺が望んだのが嬉しかったこと。そして離婚への話し合いは少しずつではあっても進んでいること。さらに、《改めまして、これからもよろしくお願いします》という言葉で、メールは締めくくられていた。

それから、半年以上。
リカさんの離婚は成立した。その間も、他愛ない日常のことから夫婦関係のことまで、お互いに、それまで以上にいろんなことを話した。

《明日、出発します。成田に着いたら、また連絡しますね》

俺は、中途半端に膨らんだ月を時折眺めつつ、リカさんに会いに行く準備をしていた。その先に、恋とは別の何かが芽生えるのか、すべてが消えるのか。何も変わらないのか。知る由もない。

次に自宅に戻る頃には、あの月は、すっかり満月を過ぎて欠けているだろう。 (完)

ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

 

◆題字・イラスト◆ はづき:イラスト、詩、カードリーディングを通じて癒しを伝えるヒーラー。すべての人の中に存在する「幸せを感じる力」を、温め育てるヒーリングを目指す。

Instaguram:nzhazuki┃w:malumaluhazuki.com

 

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.102(2018年9月号)」に掲載されたものです。

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