真実の悩み【第7回】

本当に一億円相当が当たってしまった。

「仕事を辞めようか、まずは家を買うかどうしたらいいかな」

九時半に銀行に行き、当選の確認をした。朝の営業が始まったばかりの支店はお客が数人で静まり返り、すでに当選の情報を得たのか全ての銀行員がこちらを見ているのが感じ取れる。入店するドアは前に立つと数秒経ってから開いた。綺麗な模様のカーペットをゆっくりと歩きながら窓口のカウンターに向かった。事情を説明すると個室に案内されておもむろに小切手を渡された。久美は夫である智に銀行を出てからすぐに電話をしていた。主語になるであろう、当選したということをまだ説明できていなかった。

「何を言っているの、今仕事で忙しいだけど」

普段は携帯電話に電話をしてこない久美。様子が変であることが、智には分かる。

「だから、ボーナス•ロトに当たったの、大金が」

電話口で驚きの声が聞こえる。何度も本当なのか聞かれた。その時にふと、仕事に行くのに遅れていることに気づいた。まだ仕事先には連絡はしていなかった。

四月のニュージーランドは、半年に及ぶ夏時間が終わり一気に日が短くなり気温が下がる。天気が良くない日には朝遅くまで薄暗い時間帯が続く事があるが、今日に限って空はやけに透き通っていて明るくて太陽の日差しが温度を上昇させていた。

眩しい光を遮るように久美は目を細めながら辺りを見渡していた。多くの車が道路をむやみに急いで走り、大きなバスがその後を追っている。小さな子供が歩道をはしゃぎながら歩き、その後ろからは小走りの母親が見える。普段の世の中の朝はこんなにも忙しい。それなのに私は焦る必要はない。久美は新鮮な空気を肌で感じながら爽やかな気分になっていた。それと同時に自然と涙が目の付近から溢れ出した。自分の感情が身体に伝わったのかもしれない。泣いているのを誰からも見られないために黒いサングラスをかけてみた。それでも涙は頬からあごにまで流れていく。嬉しいのからのか、それとも今まで貧乏で辛かったからなのか。

「どうしよう、とりあえず今からそっちに行くから」

智の声が聞こえると再び我に戻り、電話中であったことを思い出した。

「そうだ、一度日本に帰国しない」

お金の使い方でこれからの事を考えている久美。金額は知らないのに大金という現実味がまだ得られない智。二人の会話はお互いの話しの的が得られなかった。いろいろな事を考えている脳裏と揺れ動く感情の気持ち。話しが噛み合あうのに時間がかかった。

銀行の前にある駐車場には様々な色の車が停まっている。古くて赤い車を久美はすぐに見つけることが出来た。大きくて古い形式の携帯を右手で持ちながら、バックの中にある車の鍵を左手で無造作に探し始める。家の鍵などと一緒に繋げてある鍵を車のドア穴に差し込む。ドアを開けると車内から暖まっている空気が外に流れていった。

「もう何年も帰っていないね。すぐにでも休みを取って行こう」

ようやく落ち着いてきたのか、相手の事を理解でき話が合ってきた。だが、智も久美と同様に仕事中であったことを忘れていた。

子供三人を連れて家族五人で。長い間日本に一時帰国していないのには誰にもまだ知られていない本当の理由と悩みがあった。

執筆:20 歳の時に過ごした北島タウランガの思い出が忘れられない京都出身。大阪と東京に移り住み、カナダでスキー、オーストラリアをオートバイで一周した後、NZの銀行で10年間仕事をしながら短編小説5話を執筆(キィウィの法則、初めての出会い、私の居場所、10枚のチケット、魔法の子育て)。夢は日本で本を出版すること。

この記事はニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.97(2018年4月号)」に掲載されたものです。

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