今夜の月の色【第2話】

ポタポタと一滴ずつ、ドリップされるコーヒー。落ちるしずくが急いでいるように見えるのは、きっと気のせいなのだろう。

友人と飲んだ夜、何の勢いか、投稿したメル友の募集に、数か月越しでメールが来た。それに返事をしようと思ったとたん、心の中に、なんとも言えない感覚が一瞬にして広がった。

『こんにちは』と書いてはみたものの、その先が続かない。考えるほど、言葉に詰まる…。仕方なく俺は、滅多に使わないドリップコーヒーのセットを引っ張り出したのだ。

「まさか誰かからメールをもらえるなんて思わなかった…なんて、実際にメールをくれた人に対しては失礼だろう。単純に、メールありがとうございます…と言えばいいのか?」

口の中だけでつぶやくその言葉も、頭の中に妙に響いて、つい首を横に振る。

たかがメールの返信である。しかも、仕事がらみの神経をとがらせるものでもない。そもそも、相手を知ってすらいないのだ。それなのに、どうして、言葉に詰まるのか…。胸に染み込むこの感覚は何なのか…。

低く立ち込めていた雲が切れ、太陽の光がダイニングの窓から差し込んだ。眩しさに顔を上げると、ふと、十二年前に他界した妻の写真が目に入った。妻との別れからついこの間までは、娘たちを社会に出すのに必死だったように思う。

「出会ったのは、三十年近くも前なのか…」

なんとなく数えてみて、ため息まじりにひとりごちた。妻と出会う前、遊んでいなかったといえば嘘になる。しかし、妻と付き合い始めてからは、浮気のひとつもせずに過ごした。バレるのが怖かったのではない。素直に、いつも、妻を好きだったのだと思う。

(もしかして、俺は…、わくわくしているのか?)

さっきから心の中を漂っている感覚と妻の写真を重ね合わせると、そんな自問が浮かぶ。そして、そう思うと、自分がひとりの少年のようで可愛く思えてしまう。

「五十六にもなって」

笑ってコーヒーに目を落とすと、すっかりドリップが終わっている。

『リカさん、こんにちは。

メール、ありがとうございました。嬉しかったです。

リカさん、ニュージーランドに留学していらっしゃったのですね。私が住んでいるのも、ニュージーランドです。何か懐かしいお話ができるかもしれませんね。

時間があるときにメールでいろいろお話しましょう。ヒロ』

自分を子どものようだと思うと、すらすらと言葉が出てくる。その勢いでメールを送信すると、コーヒーを一気に飲み干した。

ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.92(2017年11月号)」に掲載されたものです。

最新情報をチェックしよう!
>雑誌「KIWI TIME」について

雑誌「KIWI TIME」について

2010年創刊。雑誌「KIWI TIME(キウィタイム)」は、K&J MEDIAが毎月発行するビジネス系無料雑誌です。ビジネスに関する情報やインタビュー、仕事の息抜きに読みたくなるコラムが満際です。

ニュージーランドで起業している方や起業をしようと考えている方を応援します。

CTR IMG