今夜の月の色【第4話】

 

 

 

【第4話】

『お返事、ありがとうございます』

パソコンの画面に示されたメールの件名に、刹那、ざわめいていた胸は停止し、次の瞬間には停止したものが躍り出していた。メル友募集の掲示板からメールをくれた「リカさん」からの返事に違いない。新着メールを知らせるアラームに吹き飛ばされていた急な仕事と空腹は、さらに遠くへと飛ばされていく。

踊る胸に強く押されて、俺は、ためらいなくメールの件名をクリックした。

『ヒロさん、こんにちは。

早速お返事をくださいまして、ありがとうございました。

正直、“きっと、メールに気づいてもらえないだろうな”と思っていたので、とっても嬉しいです。

そして、ヒロさん、ニュージーランドにお住まいなんですね。なんだか、留学中のこと、急にいろいろ思い出してしまいました。

とはいえ、私が留学していたのは二十年も前ですから、ずいぶんといろいろなことが変わっているのでしょうけれど。

当時は、慣れない環境と英語の中で日々を過ごすのが、自分の中ではとても大きなことだったのですが…。きっと、自分ひとりの世話だけでも、精一杯だったのでしょうね。今、子どもたちのことと家事、仕事をしていると、あの頃は楽だったなって思います。

ヒロさん、また、今のニュージーランドのお話、聞かせてください。                   リカ』

 

「二十年前…か」

メールをぼんやりと眺めたまま呟いて、当時の自分の生活を思い返してみる。娘たちはまだ幼くて、妻も元気だった。カメラマンとして独立した頃で、家族の将来の生活のことを考えると、ひとりで悶々とすることもあったような気がする。どんな仕事も引き受けなければという、切迫感なのか責任感なのか判然としない感情に揺られて、現実逃避をするように眠ったこともあった。

「なんとかなるんじゃない?」

カメラの手入れをしているフリをしながらため息をついている俺に、妻が、そう言って笑ったことがある。テレビを観ながら。

「…何が?」

一拍遅れて顔を上げると、

「いろいろ。…うん。いろいろ、なんとかなるわよ。なんとかって言うかより、うまく波に乗っていけるっていうか」

と、おどけた表情で両腕を俺に向けて揺らす。

「何、それ?波のつもり?」

「あ、分かってくれた?」

「俺しか分かんないだろ、絶対」

そのときの笑い声は、その後、仕事が安定するまでの数年間、俺の中で繰り返し再生されていた。何度も、何度も。

「二十年…」

もう一度声にすると、返信用のフォームを開いた。

続く

 

ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

 

◆題字・イラスト◆ はづき:イラスト、詩、カードリーディングを通じて癒しを伝えるヒーラー。すべての人の中に存在する「幸せを感じる力」を、温め育てるヒーリングを目指す。

Instaguram:nzhazuki┃w:malumaluhazuki.com

 

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.94(2018年1月号)」に掲載されたものです。

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