今夜の月の色【第5話】

「リカさん、こちらこそ、返信ありがとうございます。

リカさんが留学されていたのは、二十年前なんですね。とすると、オークランドにスカイタワーができた頃かな?

僕は、それより十年以上前からこちらに住んでいます。もしかしたら、リカさんの留学中、どこかですれ違ったりしているかもしれませんね。

ニュージーランドは、どれくらい変わったかな…?日本の変化に比べたら、何も変わっていないのに等しいのかもしれません。でも、人も車も、増えたし洗練もされたかな」

リカさんへの返信は、意外なほどにすんなりと言葉が出てきた。

彼女が留学していたという時期の家族での生活を思い出しながら、娘が二人いること、すでに独立して家を出ていることを書いた。

「実は妻は、十二年前に他界して」

そこまで書いて、手が止まる。なんだか、暗い話だ。メールのやり取りを始めたばかりのシングルマザーに話すことではないような気もする。小さなため息交じりに文字を消すと、フリーランスのカメラマンであることを書いて、返信した。

その夜は、夢を見た。

幼い二人の娘が、長女は妻の手を、次女は俺の手を握ってビーチを歩いている。夏の午後、澄み切った青空に照らされた海には、吸い寄せられるように多くの人が集まっていた。歩くほどに、人が増える。少し歩きにくいほど、混み合ってきて、「どうしてこんなに人が?」と数歩前を歩く妻に話しかけたとき、俺の日本語に反応するように、すれ違う一人の若い女性が俺に目を向ける。一瞬、その女性と目を合わせた後、改めて妻に視線を戻すと、数十歩も先へと離れ、こちらを振り向いて笑顔で手招きをしている。

妻と長女の元へと走り出したところで、目が覚めた。

「まだ三時半か」

久しぶりに妻の夢を見て、少し心が落ち着かない。夢に出てくるときの妻は、いつも楽しそうで嬉しそうだ。それは、俺が、「あと何十年か、そうあってほしかった」と今も望み続けているからなのかもしれない。

喉が渇いていることに気づいて、キッチンに向かう。月が明るい夜で、廊下の窓から差す月明かりが、家の中をぼんやりと照らしている。次女が生まれて少しした頃、独立すると同時に街灯のない郊外へと引っ越した。ニュージーランドの街の景色は、この二十年でそれなりに変わったかもしれない。しかし、この月明かりは、少しも変わらない。

「眩しいくらいだな」

あと数日で満月という、柔らかな膨らみを眺めながら、水を喉に通した。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.95(2018年2月号)」に掲載されたものです。

最新情報をチェックしよう!
>雑誌「KIWI TIME」について

雑誌「KIWI TIME」について

2010年創刊。雑誌「KIWI TIME(キウィタイム)」は、K&J MEDIAが毎月発行するビジネス系無料雑誌です。ビジネスに関する情報やインタビュー、仕事の息抜きに読みたくなるコラムが満際です。

ニュージーランドで起業している方や起業をしようと考えている方を応援します。

CTR IMG