今夜の月の色【第8話】

 

 

 

【第8話】

日本に住むリカさんとメールのやり取りを始めて、二カ月以上が過ぎた。フリーランスのカメラマンとして、仕事は仕事で忙しいのだが、ほぼ毎日、リカさんへメールを書いている。そして、同じようにほぼ毎日送られてくるリカさんからのメールに、心を躍らせている自分もいる。

この二カ月間、何度か書きかけて、そのたびに消した話がある。妻のことだ。十二年前にガンで他界したという、ただ、それだけのこと。けれど、途中まで書いてやめたり、送信ボタンを押す前に消したりして、今日まで来た。

「別に、言ってもいいのにな…」
今日も、書こうかやめようかと迷って手が止まり、代わりに思わず口が動いた。
言い出しにくいのは、リカさんがシングルマザーだからなのかもしれない。本人ははっきりと言ったわけではないけれど、きっと、離婚によってシングルマザーになったのだろう。もちろん、俺と同じで死別という可能性もあるけれど。いずれにしても、いつから息子さんと二人の生活になったのか、俺は知らない。ということは、まだ話したくないのだろうとか、時期など関係なく俺に話すつもりなどないのだろうとか。とにかく、シングルマザーという事情についてリカさんが詳しく語らない理由を、自分のなかであれこれとこじつけてしまう。
そうなると、俺は、妻の話を切り出しにくくなる。その話をすれば、リカさんは、話したくないことを「伝えなければ」と感じるかもしれない。そう思わせるのは、不本意だ。

「コーヒー…」
ため息交じりにつぶやいて、メールを書きかけのまま、キッチンに向かう。いつもより濃い茶色をカップに注いで、ゆっくりと冷ましながら飲み干すと、そのまま仕事に出かけた。

 

仕事から戻ると、いつものように、妻の写真の前にあるチョコレートを手に取る。
「ただいま」
いつものように声をかけるが、今日は、なぜか視線が写真から外れない。妻の髪から頬を、指でなぞる。
「ごめんごめん」
写真のフレームが、少しホコリをかぶっているのに気づいて、苦笑いで拭き取った。にっこりと笑う妻が、薄いガラスの向こうから声にならない返事をする。

リカさんに妻のことを話さないのは、他界して十二年も経っても、こんなふうに自分勝手な会話をしてしまう想いが、妻に対してあるからなのか?

俺は、リカさんを気遣って話さないのか? 話したくないのか?

混乱と共に小さなチョコレートの粒を口に含みながら、そっと、妻の写真から視線を外した。

 

ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

 

◆題字・イラスト◆ はづき:イラスト、詩、カードリーディングを通じて癒しを伝えるヒーラー。すべての人の中に存在する「幸せを感じる力」を、温め育てるヒーリングを目指す。

Instaguram:nzhazuki┃w:malumaluhazuki.com

 

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.98(2018年5月号)」に掲載されたものです。

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