真実の悩み【第8回】


もうニュージーランドに住んで七年になる。 どうして日本から海外に移住してきたのか、すぐには思い出せない。子育てに追われる生活で、思い返せる時間も、考えられる心の余裕もなかった。実際何年もの間帰っていない。昔の記憶が出来事と状況と共に少しずつ蘇ってくる。こんな機会がなければ、日本に一生戻る事がない。そう思えるほど生活は苦しかった。

「南の島で住みたいと思っているんだけど」

久美は前触れもなくいつも唐突に話しかけてくる。

「なんで、いきなりそんなことを言うの」

六歳の娘と遊んでいる智は久美を見ずに娘に向かって聞いているそぶりをした。

「この子のためにものんびりした所で過ごすのがいいんじゃないと思って」

夕食を済ませて片付けが終わったキッチンは綺麗に整頓され清潔感が漂っている。時計を見るともうすぐ夜の八時になる。そろそろ子供を寝かしつけなければいけない。

「確かにそうかも。それに久美がこっちに住んで長くなるし、他の所にも住むのもいいかも。南の島って沖縄のことなの」

智はおもちゃの中に混じっていたテレビのリモコンを手に取り、スイッチを押して画面を付けた。子供のアニメの番組を見つけると、智はゆっくりと久美の方に向きを変えて質問の返答を待っていた。娘はウサギの縫いぐるみを抱きしめながらテレビを見始めている。

「もっと南の方、地球の最南端。季節が日本と逆だから今からだと冬になる所。ここから飛行機で十二時間ぐらいかかるかな」

思い返せば、智と結婚して京都に住み始めたのは七年前になる。新婚当初は新たな場所でそれも都会で新たな生活が始まりとても嬉しかった。店はいつまでも開いているし、買い物に行くにもレストランに行くにも不自由がなかった。けれど、それだけ利便性は良くて娯楽が多くても、使えるお金に限りがあり、欲しいものが買えない。まるでテレビでお金持ちの番組を見て自分には叶わないような寂しさを味わっているかのようだった。結婚前から分かっていた智の収入だけでは決して金銭的に裕福にはなれなかった。

それでも精神的に幸せであれば問題なかったが、子供が生まれてから近所付き合いや子供の親との付き合いなどがうまくいってなかった。皆の前では良い顔をして話す隣の奥さんが、二人きりで話すと先ほどまで話していた人の悪口を言ったりする。世間的な表面的な顔と、本当の裏の顔。取り繕う建前と、真実の本音。歴史と伝統があり保守的な京都特有のものなのか、それともどこにいてもそういう人はいるのか。自分に素直に生きて行けない気がしてどうしてもなじむ事ができなった。智に相談しても時間が経てば慣れるからと親身になってくれず、毎日の子供の世話で疲れていた。

自分の事ばかりでわがままと言われるかもしない。けれど、自分に合う環境が必要であった。子供のためにのんびりした場所へというのは、本当は自分のため。あの時は自分の夢であった


この記事はニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.98(2018年5月号)」に掲載されたものです。

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