真実の悩み【第4回】

初音は、話の途中で断りも入れずに席を立った。出口とは反対側にあるトイレの方へ足音を立てながら歩いて行った。飲みかけのカプチーノはまだ半分残っていて、カップの受け皿にのっていた小さなクッキーはスプーンと共に無造作に並べられている。深刻な話をしている時に限って、周りからは楽しそうな笑い声が聞こえてきたりするのはどうしてだろうか。初音は薄いピンク色のバッグを置きっぱなしにしていることに気付き、すぐに聡のいる席に戻ってきた。

「そういうつもりで言ったんじゃないから」

聡は敬語を使わずに、強い口調で、初音を呼び止めるように言った。

「落ち込むことが大した事がないように聞こえる。私がバカみたいな感じ」

知り合ったばかりなのに、付き合っている二人が喧嘩しているようだった。隣のテーブルにいる家族がこちらを見ているのがわかる。

「違う、初音さんの深刻になる表情を和らげたいと思ったから。誰でも落ち込む事があるし、落ち込む頻度や理由もさまざまだと思う。だけど、嫌な事があって失敗があるから、その後にいい事があるんじゃないかな。幸せなことばかりあったら、それが普通の出来事になって何も幸せだと思わなくなる。辛い事はなければいいけど、辛ければつらいほど、やり遂げたり、立ち直ったりした時には大きな幸せが感じられる。初音さんにわかってほしい。いつも自分の感情をコントロールするのは大変だけど、落ち込んだ時は自分がかわいそうだからって、さらに落ち込むのでなくて、こんなこと仕方がないって、開き直ったほうがいいと思うんだ。そして、自分自身が成長する為に乗り越えられるようにしなければいけない。もちろん、簡単に乗り越えられない出来事もあるけど、時間の経過に身を委ねて落ち着いた日々の生活を送ることも必要じゃないかな」

初音はいつの間にか席に腰をおろして、背筋を伸ばしたまま前かがみになって、聡の話を聞いていた。先ほどまでバカにされたような怒りの感情と、話しの間に自分の名前が呼ばれる嬉しい気分が交互に交わっていた。この人なら私の本当の気持ちを理解してくれるかもしれない、初音は淡い期待感を持ち始めていた。

「っていうか、カウンセラーしに来たみたい。何なの聡は。まだ会って二回目なのに」

前髪を右手で上げながら、暖かい目線とやわらかい表情で初音は言った。緊迫した空気を和やかな雰囲気に変えるのは、誰にも真似ができない初音の会話の仕方だ。二人はそのやりとりに、見つめ合いながら思わず笑ってしまった。そして聡は、手をテーブルから膝の上におき、頭を少し下げる感じで言った。

「自分のどうしても言いたい気持ちを抑えられず、話し続けてごめん。感情のコントロールができなかったのは、こっちかもしれない」

聡の冷たそうな丁寧な敬語があったり、熱い気持ちのこもった話の内容があったり。最後には必ず自分の非を認めようとしたり。会ったばかりなのに好きになったかもしれない、思わず言葉にしようとしている初音がいた。それとは逆に、聡の気持ちは。

執筆:20 歳の時に過ごした北島タウランガの思い出が忘れられない京都出身。大阪と東京に移り住み、カナダでスキー、オーストラリアをオートバイで一周した後、NZの銀行で10年間仕事をしながら短編小説5話を執筆(キィウィの法則、初めての出会い、私の居場所、10枚のチケット、魔法の子育て)。夢は日本で本を出版すること。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.94(2018年1月号)」に掲載されたものです。

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