
またひとめぐり、満月の夜がやってきました。
このあいだの新月の朝、小さな小さな木の芽が、「ようやっと」と言わんばかりの顔で土から顔を出しました。私は、「おはよう」と笑いかけ、ふっと息を吹きかけて、まだ新芽の頭に残っていた土を払いました。新芽は、「おはよう、おばちゃん」と笑い返してくれました。私もいつの間にか、そんな歳になったようです。
さて…。
私がまだ、この子のような若木だった頃、隣に根を張っていた、大きな大きな木がいました。私は、その木を「おばちゃん」と呼んで慕っていました。そのおばちゃんの木との思い出を、今夜はお話しいたしましょう。
「痛い…痛い…」
歯を食いしばって声を出すおばちゃんを、びっくりした顔で見上げる私に、おばちゃんは少し無理に笑顔を向けました。
「歳をとるとね、葉の一枚一枚が腕から落ちるのが、痛くなるんだよ。どうしてだろうねえ。この子たち、落ちて離れていきたいようにも見えるし、いつまでもくっついていたいようにも見えるけどね。一枚一枚、みんな、何かしら声を上げて落ちていくけれど、何と言っているのか、おばちゃんには分からないんだよ…」
そんなことを言っている間にも、ひらひらとおばちゃんの腕から葉が離れていきます。見ると、落ちる葉はそっと目を閉じていました。
「おばちゃんは、離れたくないの?」
「どうだろうねえ。離れたくないような気もするし、そうでもないような気もする。ただね、この子たちが落ちてくれないと、おばちゃん、大きくなれないんだよ」
「それじゃ、落ちてくれたほうがいいんじゃない?」
「そうかもしれないねぇ。でも、ただおばちゃんを大きくするためだけに、この子たちは生まれてくるのかねえ…」
そのとき、私のすぐそばに落ちた葉の一枚が、ブルブルと首を横に振りました。
「違うよ」と叫ぶ私に少しだけ微笑むと、おばちゃんはしばらく眠ってしまいました。
翌年も、その翌年も、おばちゃんは「痛い、痛い」と言い続けました。
そしてさらに翌年。
「今、あの子が、笑って落ちていったよ」
おばちゃんは、苦しい息をつきながら、でも嬉しそうに言いました。私の上に落ちてきたその年最後の一枚は、すぐに風に飛ばされてしまいましたが、去っていくとき、“ありがとう”と口が動いているのが見えました。
「ありがとう…だって!」
私は、急いでおばちゃんを見上げました。
「そうかい…」
風に飛ばされる葉を、おばちゃんは優しい目で追っていました。
その冬が終わって、春。おばちゃんは、腕を私の目の前まで得意気に伸ばして見せてくれました。
「こんな色の花、ついたことがないよ。きれいでしょ?」
そして、冬。
「おばちゃん、今年は、痛くないの?」
「痛くないねえ。なんだろうねえ」
おばちゃんから落ちる葉が一枚、鈴のような音を立てて、私の上に落ちてきました。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.103(2018年10月号)」に掲載されたものです。