今夜の月の色【第10話】

 

 

【第10話】

《ヒロさん、ご無沙汰しています。
もしかしたら、このメールは、ヒロさんのご気分を害してしまうかもしれません。
もしもそうであれば、返信をもらえなくても仕方がないと思っています》

《お久しぶりです》というタイトルのメールを開くと、最初にそう書かれていた。スッと一瞬で胸のあたりだけ体温を奪われるような、同時に全身の末端まで一気に血液が突き抜けるような感覚に襲われて、ギュッと目を閉じる。鼓動が突き上げる暗闇の中で、冷静にメールの続きを読もうと覚悟した。

 

《私は、シングルマザーではありません。結婚しています。
まずは、これまで嘘をついてきたこと、心よりお詫びします。
結婚生活には、ここ何年も、ずっと違和感を抱き続けてきました。夫に対する不満はいくらでも言葉になるのに、自分がどう生きたいのかは少しも言葉にならない。そんな自分に嫌気がさして、八つ当たりのように夫への不満が膨らんでいく。ヒロさんに初めてメールをしたのは、今思えば、そんなときだったのだと思います。シングルマザーだと嘘をつくことで、自分自身の何かに突破口を開けたかったのかもしれません。
どんな理由があるにせよ、嘘の言い訳にはなりません。ただ、ヒロさんとメールのやり取りをさせてもらううちに、私の中では、本当にシングルマザーになりたいという気持ちが明確になっていきました。明確になっていったというよりも、心の中に存在していたものをはっきりと確認したというほうが正しいかもしれません。
それで、きちんと夫と話そうと決めたんです。そして、話すまではヒロさんにメールをするのをやめようと思って、一カ月半前、不躾に、待っていてほしいとお願いしました。

今は、離婚に向けて話を進めている最中です。夫とそのことを話す回数を重ねるほど、私は、夫からではなく、不満だらけの自分自身から離れたかったのだと思い知ります。そのことに気づけたのも、夫に八つ当たりをしていたのだと気づけたのも、ヒロさんの存在のおかげです。本当に感謝しています。
お礼を言いたいのか、お詫びをしたいのか。どちらにしても、身勝手極まりない話ですね。ヒロさんに何と言えばいいのか、正直、まだ分からないのです…》

その後も、俺に対する謝罪を何度も繰り返して、メールは終わっていた。ほとんど感情が入り込む隙間もないほどに、俺は、文字に目を走らせていた。

 

窓の外には、はち切れて溢れ出しそうな白い満月が浮かんでいる。

 

ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

 

◆題字・イラスト◆ はづき:イラスト、詩、カードリーディングを通じて癒しを伝えるヒーラー。すべての人の中に存在する「幸せを感じる力」を、温め育てるヒーリングを目指す。

Instaguram:nzhazuki┃w:malumaluhazuki.com

 

 

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.100(2018年7月号)」に掲載されたものです。

 

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