今夜の月の色【第9話】

 

 

【第9話】

リカさんからのメールが来なくなって、一カ月半が過ぎた。メールのやり取りを始めてから半年以上経ったある日、
《大切な話があるけれど、その前に準備をすることがあるから、待っていて》
というお願いと俺の健康を気遣う言葉を最後に、リカさんからは音沙汰がない。俺からも、承知した旨を伝えたきりだ。

最初は、数日か、長くても一週間もすればメールが来るのだろうと思っていた。だから、俺からの最後のメールは、かなり簡単なものだったのだ。二週間してもリカさんからの便りがなかったとき、俺の中で、後悔の種がついに芽を出した。もっと違うメールを送るべきだったのではないか。『大切な話とその準備』について言及すべきだったのではないか。心の土の中でくすぶっていたそんな思いが、明確に顔を出したのだ。

リカさんとメールのやり取りをしていた半年ほど、俺なりに、心が揺れていた。いい写真が撮れればリカさんに見せようと楽しみにし、思いがけないタイミングでメールをもらえば心がいっそう躍り、元気がなさそうな日にはこちらも心が沈んだ。
その一方で、リカさんとの交流が始まってからのほうが、他界した妻の写真との会話が豊かになっていた。妻に何気ない出来事を報告し、優しい言葉をかけ、微笑みを向ける。毎朝の習慣としてチョコレートを供えるときの手元にも、温もりが増す。その変化に気づいたとき、少しだけ、戸惑った。しかしすぐに、リカさんという存在のおかげで妻へのみずみずしい気持ちを思い出すことができたのだと感謝した。それからは、メールのやり取りに浮かれる心と、愛おしさが深まる妻への想いとが共存することを、すんなりと受け入れられるようになった。

しかし、今…。自分が、核にある本音に背を向けていたのだと、認めざるを得ない。心が躍るとか浮かれるとかいうのは、本音を包み隠す包装紙だ。ましてや、感謝という言葉は、言い訳にすぎない。

つまり、俺は、リカさんに、恋をしている。

それを告げれば、『会ったこともないのに』と笑われるかもしれない。返事など返ってこないかもしれない。それでも、せめて、日々の言葉の交わし合いに、どれだけ楽しみと幸せをもらっていたのか、伝えたかった。

「でも、待たなきゃ…だよな」
思わずため息交じりの声が出たとき、パソコンからメールの受信音が響いた。

《お久しぶりです》
そのタイトルを目にした瞬間、送信者を確認することなどなく、メールを開いていた。

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.99(2018年6月号)」に掲載されたものです。

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