真実の悩み【第1回】

あの時にどうして大学に行く事を選んでしまったのだろう。あの時になぜ結婚しようと思ったのだろう。そして、あの時にどういう理由で海外に住もうと決意したのだろうか。

静まり返った部屋は、まるで一人暮らしをしているように、自分さえ動かなければ物音ひとつさえしない。電気を消すと、辺りは暗くなるはずなのに、満月が照らす外の明かりがカーテン越しに入ってくる。オープンキッチンから漂う夕食の匂いが未だにリビングルームに残っている。窓を開けて空気を入れ替えたい気分になる。

久美は、夜中を過ぎたこの時間にいつも考え事をしてしまう。3人の子どもたちは、それぞれ自分たちの部屋で寝ており、少しの幸せが感じられる安心と共に、今日も仕事が終わり家事が済んだ疲労感が急に身体に迫ってくる。なんで家の家賃や学費や生活費のために必死になって働かなればいけないのか。こんな生活に嫌気がさしたのは何度あったことか。お金さえあれば、もっと楽にもっとゆっくりと生活できるのに。現在の旦那の収入の低さと自分が貧しい家庭に生まれた環境に苛立ってしまう。寝る前にはなぜか、今までの嫌な出来事が脳裏に浮かぶ。自分の人生が、今まで出会った他の人達の人生であったら、どれだけラクだったか。久美はいつも自分の人生を悔やんでしまう。

裕福な家庭に生まれた初音は、今までお金に困った事がない。興味のある音楽やスポーツは好きなだけしてきたし、行きたい学校があればいつでも行く事ができた。買い物で値段から選んだことはないし、レストランでは高いメニューが美味しいと思っている。

「今日の夕食どうする?」

仕事から帰って来たばかりの聡は、玄関で革靴を脱ぎネクタイをほどきながら広いフローリングのリビングに入ってくる。

「作るのが面倒だから何か買って来てくれない?」

部屋着のまま、リビングで出迎えてくれた初音は、家にいるときでも髪をきれいに束ねてうっすらと化粧をしている。

「じゃあ、ビザでも買ってくるね。」

脱いだばかりの紺色のジャケットを着直して、今度はスニーカーを履いてでかけようとした。

「ついでに、いつもの物も取って来てほしいんだけど。」

初音は昔から思い出したくもないある事に悩まされていた。それは、どれだけ幸せに過ごしていても一瞬にして気持ちが沈み、夜空に光る星もあっという間に雲が遮り消滅していくかのようだった。

「わかった、他に何かいらない?」

聡のお決まりの返答に居心地さを感じながらも、何もいらないそれさえなければ、といつも心の中でつぶやいてしまう。どうしてある事に苦しまなければいかないのだろうか。

執筆:20 歳の時に過ごした北島タウランガの思い出が忘れられない京都出身。大阪と東京に移り住み、カナダでスキー、オーストラリアをオートバイで一周した後、NZの銀行で10年間仕事をしながら短編小説5話を執筆(キィウィの法則、初めての出会い、私の居場所、10枚のチケット、魔法の子育て)。夢は日本で本を出版すること。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.91(2017年10月号)」に掲載されたものです。

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