西 陽一郎氏(URLAR,Gladstone. Owner, Creative Producer / 西酒造株式会社、8代目当主)
2019年3月1日、鹿児島県の焼酎蔵「西酒造」がニュージーランドにおいて新たにワインの醸造を手がけると発表した。産地は北島のウェリントン国際空港から車で1時間半に位置するグラッドストーン、ブランド名は「URLAR」(アーラー)。日本で焼酎を造る蔵元がニュージーランドでワインを造ることになった経緯を、代表の西陽一郎氏に話を伺った。
焼酎の本場、鹿児島県。日本三大砂丘の1つに数えられる吹上浜がある地、日置市吹上町に、1845年に創業約175年の歴史を持つ老舗の焼酎蔵、西酒造株式会社がある。芋焼酎の「富乃宝山」「吉兆宝山」などの宝山シリーズで知られる。西陽一郎氏は8代目当主。
西氏は焼酎に縛られることなく、他の酒類からも広く学ぶべきであると考え、20年以上前からワインやウィスキー、ジンなど、世界中の優れた醸造家達とコミュニケーションを続けているという。
「NZに限らずに、スコットランドやナパ(米国カリフォルニア州)のワイン蔵やウイスキー蔵などを観て廻っています。焼酎を造る中で、他の酒類から学ぶことが多いんですよ。結局は発酵なのでね。発酵というベースでは、単発酵であろうが、並行複発酵であろうが、糖をアルコールにするという意味では似ているし、非常に面白くて。ウイスキーの単発酵、ワイン単発酵、清酒や焼酎など、発酵の話を造り手の方々とするのは、非常に楽しいんですよ。焼酎も色々な酒類の中から焼酎を選んでもらわなきゃいけないし、他の酒類のことも知らないといけないな、と思っていて。ナパの「RIDGE」で働いている石窪俊星君とは交流が長くて、20年前に彼がうちで働いていた子なんでんですよね。今は出世して、「RIDGE」のワインメーカーになっているんですよ。年に1回ですが日本に戻ってきた時に、社長、こういうワイン造ったんですが、どう思うみたいな、試飲をしたりして情報交換を続けています」
鹿児島出身の石窪俊星氏は、八代高専(現・熊本高専八代キャンパス)でバイオテクノロジーを学び、卒業後に西酒造へ就職。その後米国に渡り、カリフォルニアワインの老舗「RIDGE」のワイナリーの1つ、シリコン・ヴァレー近くのサンタ・クルーズ山脈中でワインメーカーとして大任を務めている。(RIDGE VINEYARD|https://www.ridgewine.com/、https://www.ridgewine.jp/)。
「チリやナパのワインなどがある中で、NZワインは、ニューワールドの中でも、新しいワイン。NZのイメージは、ピノのイメージで、興味があった。そういったベースがあって、NZを訪れました。そして、その当時「URLAR」のオーナー、アンガス・トムソン氏と「Green Songs」ワインを造っていた小山浩平氏と出会ったんです。昼間はNZの海抜とか、地形、映画にも使われている風景とか、NZの良さを色々と案内してくれて。夜に会食をする頃には、2人共造り手だったので、お酒造りの話で花が咲いたわけですよ。それから3年、4年と連絡を取り合うようになりました。
西酒造には、ラボがあって、最初は、NZから送ってもらったワインの成分を調べて、データ分析してフィードバックする。糖度はブリックス値(屈折糖度計で測定した糖度)で判るので、ここで分析するのは、ガスクロマトグラフ(質量分析計)を使用して、赤ワインの色の主成分となるアントシアニン、酸味や甘みなどの味わいとなるプロアントシアニジンの質や量、渋み成分になるタンニンの量がどうだということを調べる、というレベル。発酵させる、もうちょっと熟成させた方がいいよね、コハク酸ジエチルが高くなった方がヨーロッパ的なピノはできるよねとか、そういった話をするような仲になってきたんですね」
1人の造り手、「URLAR」を設立したアンガス・トムソン氏(Angus Thomson)は、スコットランドで5代続く農家の出身。祖父の2人はウィスキー醸造家でもあった。アンガス氏は2004年、家族と共にニュージーランドへ移住し、ワイナリーを設立した。
もう1人の造り手、小山浩平氏は東京大学卒業後、東京、ロンドンなどの金融機関で11年働き、赴任先のロンドンでワインに目覚める。 理想のワイン造りを求めて、家族でニュージーランドへ移住。リンカーン大学でブドウ栽培・ワイン醸造学科を学び、首席で卒業。米国カリフォルニアとNZで栽培醸造経験を積んだ後、ネルソン近郊のパーマカルチャーエコビレッジ内でブドウ栽培・ワイン造りを開始。栽培から醸造までの全てを自身で管理する栽培醸造家。
チリやアルゼンチン、オーストラリアやアメリカのカリフォルニアなどで生産されたワインをニューワールド(新世界)と呼び、フランスやイタリアなどヨーロッパ各国で生産されたワインをオールドワールド(旧世界)と呼ぶ。西氏が話すニューワールドの中でも新しいワイン、NZワインを造っている2人の造り手と出会ったのは、2015年のことである。
海外投資局からの承認に1年
ニュージーランドのワイン産地は、南島にネルソンやマールボロ、北島にギズボーンやホークスベイ、マーティンボロ、そしてピノ・ノワールの産地として有名な地、グラッドストーンがある。
「連絡を取り合うようになって3年ほどした頃に、突然、アンガスからワイナリーを引き受けてくれないかと言われたんです。私も、めちゃめちゃ興味があったんですよ。場所も知ってるし、ブドウの収穫も手伝ったし、製造もしたし、設備もわかってる。だけど、情熱やノリで酒造りはできない。人も育てないといけない。年がら年中、そこにずっと居れたらできるけど…かなり悩んだ」
原料を生み出す「畑」を重視する西氏だからこそ、いつも管理することができない場所で造ることができるのか、そして旨いワインを造るためにどうしたらいいのか悩み、当時「Green Songs」を運営していた小山氏に、相談をしたそうだ。
「コウヘイが、社長がやるんであれば、僕も一緒にやりたい、と言ってくれて、決心しました。
アンガスから打診されたのは3年前の2017年、それから書類とか準備して、2018年4月に海外投資局の認可(OIO)が取れるまで、1年位掛かりました」
ニュージーランドにおいては、外国からの投資家となる西氏。NZ政府は、あらゆる国からの対内投資を歓迎・奨励し、規制は最小限にとどめるよう努めているが、現行では特定分野への投資は、すべて国土情報省海外投資局(Overseas Investment Office:OIO, Land Information New Zealand)の承認・認可を必要としている。書類審査や現地立ち入り検査など審査し、裁決される。案件によっては、財務大臣ならびに案件に関連する大臣によって最終判断・認可がなされる場合もあるそうだ。審査は厳しかったであろうと思われるが、政府や同局とのやり取りよりも、「畑」の状態について、話を続けた。
バイオダイナミック農法によってブドウを栽培
「コウヘイが運営していたワイナリーの「Green Songs」のブドウ畑を、「URALR」の中で挑戦的な位置付けにしたんです。コウヘイが手がけてきた畑は、オーガニック認証機関のBioGro認証、有機農法にこだわっていて、上手い感じに仕上がれているのは、すごくいいな、と思ったんです。それで、そのままの状態で引き継いで、さらに美味くすること、樽を変えたり、データーを分析して改善しながら、磨きをかけていきます」
2018年4月に「URLAR」のオーナーとなった西氏は、採用している「バイオダイナミック農法」について、同社ウェブサイト上で次のように述べている。
『自然の力を引き出すために研究と分析を重ね、化学肥料や殺虫剤を一切使用しないのはもちろん、処理されたブドウの種や皮は肥料に。水は雨水や湧水を使い、その後濾過して土に返します。人間の理性によって”畑”が持つ力を最重視するのがURLARのワイン造り』
ブドウ畑の中に羊を放牧し下草を食べてもらい、牛の角に牛糞をつめ土中で寝かせ、畑にまく自然由来の調合剤も作っているという。いいワインはいいブドウから、そしていいブドウはいい土壌から創られる。彼らは無理をしすぎない、でも自然と共存する畑の手伝いをしているのだ。
西氏は、蒸留酒である焼酎も醸造酒であるワインも原点は一つ、「農業から始まる酒造り」だという。「西酒造」と「URLAR」には、その土地の素材を使用して造っているという共通部分がある。仕入れていない、という意味だ。
西酒造のウェブサイトで見つけた言葉、「屋根のない蔵(農業)と屋根のある蔵(醸造)」。芋焼酎造りに必要な米や芋などの素材作りを屋根のない蔵で、収穫後は屋根のある蔵へ素材が移動する。その時期にあわせて、造りても同じように移動するのだ。製造だけでなく、農業も行い、素材から育てているという意味だ。
NZ国内にある多くのワイナリーでは、まず門をくぐるとブドウ畑が広がり、そこでピクニックでお弁当を食べたり、ブドウ畑を見ながらカフェで食事したり、ウェディングパーティとして使用する事もできる。もちろん、試飲や購入も可能であるが、その空間は最小限に抑えてある所が多い。そう、多くのワイナリーでは「どうだ、俺たちが丹精込めて作ったブドウ畑だ。今はブドウは収穫されたけど、すばらしいだろ」と言わんばかりの、堂々として、畑を見てください。そして此処で造られたワインを味わってください、とブドウ畑が語りかけてくるのを感じた事はないだろうか。西氏の畑も同様であろう。
西氏がこだわる「農業」から携わるという部分が、焼酎造りにもワイン造りにも共通している。「URLAR」の畑が1年や2年ではなく、5年10年経った時に畑から収穫し、出来上がるワインの味わいを想像すると、なんとも楽しみである。
今回のオーナー変更にあたり、決め手は味に惚れ込んだのか、農法なのか、それとも利潤なのかと、少々意地悪な質問をぶつけてみた。
「採算は…。僕も夢とロマン、情熱だけでやっていて、まだあってないんだよ。ただ、すごく良かったことがあって。
北半球と南半球では収穫の時期が違うから、焼酎の造り手達を3、4人NZに連れて行き、芋焼酎を造る時には、「URLAR」のスタッフが研修を兼ねて日本に来て、一緒に造っています。
日本での芋の収穫時期は9月から12月、NZでは3月から4月がブドウの収穫時期で、逆なんです。米や麦は保存がきくから、いつでも造ることができるけど、芋もブドウも保存がきかない。ワインも収穫と製造の時期が一緒というのは、芋焼酎に近いところがあります。
そして彼らも、他の種類の製造に携わることが、自分たちのワイン造りにも役立つという事、そんな僕の考え方を理解してくれている。
今、去年からですが、まさにウイスキーも造っているんですよ。日本酒も搾りが始まっています。西酒造の社員たちにも活気がでてきて、いろいろな意味で、良かった。
僕のテーマは、1つの会社を大会社にするとかではない。芋も米もブドウも、そこで出来るものに対して、磨きをかけていきたい。清酒も千石くらいのバッチリしたものを造りたいし、ウイスキーも年間400樽くらいで、美味いものを造っていきたい。
カンパニーミッションで、「発酵における職人集団を目指す」と掲げています。それには、いろいろな事を学ぶ必要があると思っている」
企業として継続するためには利益を上げていく必要があるが、いたずらに生産効率の向上を目指すのではなく、価値を高めることに集中できる環境を提供し、磨き込むことで、価値を高めていくのであろう。
今回の記事は、新型コロナウィルス感染予防および拡散防止対策のため、電話でのインタビューを行った。
ありきたりの言葉になるが、西氏は「少年のように熱い情熱を持ち、研究者のようにデータを分析し、突きつめていく部分も持ちあわせている造り手、そして経営者である」という印象を受けた。
西 陽一郎|URLAR,Gladstone. Owner, Creative Producer / 西酒造株式会社、8代目当主
URLAR(https://www.gladstone-urlar.com/)|西酒造株式会社(https://www.nishi-shuzo.co.jp/)
西 陽一郎:西東京農業大学で醸造学を専攻。酒問屋で流通に携わる。現在、約170年の歴史を持つ西酒造の8代目当主を務める。ただ旨い芋焼酎を造りたい。その一心が生みだした「宝山」シリーズを始め、伝統を守りながらも今に満足しない「旨さ」へのチャレンジを続け、世界的な蒸留酒コンテストも高評価を得る。また、「酒造りは農業だ」という考えのもと、“畑”に徹底的にこだわり、多品種の芋の栽培を自社試験農園で行なっている