その人は、毎日のように私の前にやって来ました。
暑い日には、私の枝に葉に、水浴びをさせてくれました。
寒い冬は、いつも私の風上に立ってくれました。
その日起きたことを話してくれました。
そのとき思っていることを聞かせてくれました。
いつもいつも、微笑みかけてくれました。
しかしその人は、あるとき、いなくなりました。
遠くへ引っ越してしまったのです。
太陽が照り付ける夏の午後も、
鋭い風がやまない真冬の朝も、
花と蝶が躍る青空の日も、
どこまでも穏やかな昼下がりも。
…もう、あの人は現れません。
でも、ずっと、在るのです。
私に張り巡らされた脈の中に、
私の周りのすべての空気の粒に、
どの瞬間も、必ず。
あれから、私の毎日は、私の生涯は、私の命は、あの人へのラブレターです。
あの人が、今日も幸せでありますように。
あの人が、今日も笑っていますように。
そして、贅沢を言えるのであれば、私の吐いた息が少しずつ形を変えながら風に乗り、あの人の目の前に、幸せの種となって現れますように。
朝な夕な、私は、そう願っています。
この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.109(2019年4月号)」に掲載されたものです。