今夜の月の色【第11話】

 何と返事をしていいのか、分からなかった。返事をしたいのかどうかすら、うまく感じ取れずにいた。

シングルマザーだと言われ、それを疑うこともなくメールのやり取りを続けていたリカさんが、実は既婚者で、現在は離婚に向けて話し合いを進めているという。リカさんが、俺にそれを言わなかったのは、事実だ。しかし俺の中では、リカさんが嘘をついていたという認識が全く湧いてこない。確かに、シングルマザーだというのは、嘘だった。しかし、『嘘』という事実と『嘘をつく』という行為が、どうしても結びつかない。それだけ俺は、リカさんをかばいたいのだろう。

コーヒーを淹れるためにキッチンに立ち、ゆっくりとドリップされる雫を眺めながら、前にもリカさんへ返信をする前に同じことをしていたのを思い出す。湯気の立つコーヒーカップをデスクのコースターに置くと、細く息を吐きながら椅子に座り、返信を始めた。

《リカさん、お久しぶりです。
まずは、話しにくいことを話してくれて、本当にありがとう。
そして、何度もメールのやり取りをしながらも、何も気づけなくて、申し訳ない》

どんな返信をしていいのか、あんなに分からなかったのに、書き始めると言葉は溢れるように出てきた。

《僕も、妻のことを、何もお話ししていませんでしたね。
僕の妻は、十二年前に病気で他界しています。このことを、僕も今まで、言いそびれていました。ですから、おあいこですね》

『言いそびれていました』の前に『なんとなく』と書いて、それは消した。
それから、話してくれて嬉しいということ、夫婦についての俺なりの考察など、なんだかとりとめもなく思うままを書いた後、
《リカさんに無理がなければ、僕は、これからもメールを続けていきたいです。
僕が聞ける話があればどんなことでも聞きたいし、愚痴でも八つ当たりでも、何でもし
てほしい。
もちろん、僕の勝手な思いだけれど…。でも、リカさんのことを心から応援しています》

と締めくくった。

メールのやり取りをしながら、他界した妻との関係に潤いを取り戻したように感じ、どこか浮かれていた自分。一方で、日常生活の中で心の潤いが日々蒸発していったであろうリカさん。この対比は、あまりにも深い情けなさとして、胸の奥の、さらに底に突き刺さる。

空になったコーヒーカップを片手に廊下に出ると、白い満月に薄い雲がかかっている。消え入りたそうな、吹けば飛ぶような、白々しいほどに青い雲だ。

 


ほほか:主に日本向けに、女性の美容健康についてのコラム、女性向け恋愛小説等を執筆するフリーライター。外見の美よりも内面の健康と美しさにフォーカスして、より多くの女性が充実感とともに毎日を生きるサポートとなる文章がテーマ。2002年よりNZ在住。散歩、読書、動物とのたわむれ、ドラマと映画鑑賞が趣味。

 

◆題字・イラスト◆ はづき:イラスト、詩、カードリーディングを通じて癒しを伝えるヒーラー。すべての人の中に存在する「幸せを感じる力」を、温め育てるヒーリングを目指す。

Instaguram:nzhazuki┃w:malumaluhazuki.com

 

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.101(2018年8月号)」に掲載されたものです。

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