真実の悩み【第2回】

昨日まで暖かく晴れわたっていた空は、今日に限ってどんよりとしながら、地面に強く叩き付ける大粒の雨をもたらしていた。静かな朝には、寒くて暗い冬を終えて春を待ちわびた小鳥がさえずり騒がしいはずなのに、家の屋根から聞こえる雨の音に消されている。ここニュージーランドのオークランドでは、他の地域と比べ年間を通して雨の日が多い。11月にはどんなに晴れた日が続こうが翌日には急に雨が降りだし、気温の差が激しく環境の変化に順応しなければいけない。私も、季節の変化と共に気持ちがよく移り変わり、どうすれば沈んだ気分に対応出来るかが課題であった。聡に出会うまでは、いつも初音は自分だけを頼りに生きてきた。

「こんにちは、傘をお貸ししましょうか」

丁寧で流暢な英語が日本人特有の発音と共に耳に入ってきた。誰に聞いているのか分からず初音は辺りを見渡してみた。

「雨が降っているので、濡れると困るでしょうから」

言葉の選び方や話す時の文章の組み立て方、そして優しい声でその人の人格が伝わる。

「有り難うございます、けれど大丈夫です」

思わず日本語で返答してしまった初音は、自分の発した言葉に気づき慌てて英語で言い直そうとした。

「日本人の方でしたね、すみませんでした、英語で話しかけてしまい」

何も悪い事をしていないのに謝られ、英語で返答する過ちを何もなかったように自然に振る舞う仕草がやけに初音にとって好感をもてた。

「いつもこのバスに乗られるようなので、また今度見かけた時で問題ありませんので」

バス停にいた初音に会話をさせる間もなく一方的に傘を渡し、急ぐように次のバスにそのまま乗り込んでいった。普段は出勤する人達で込み合う時間帯なのに、今日はなぜか数人しかバスを待っていない。先ほどまでの土砂降りの雨が止まり急に空が透き通り、太陽の日差しにより辺りが明るくなってきた。それが聡との出会いだった。

次の日に忘れずに傘を返そうとしたが、聡はバス停に数日来なくなった。初音が乗るバスの時間帯と、聡が会社に向かうバスの時間帯が同じであるはずなのに。雲一つない晴れた日に傘を持ち歩く初音の姿は滑稽に見えた。

「そういえば、どうして初めて会った時から急に来なくなったのですか」

初音は聡とカフェに行くのは今回が初めてになる。

「ちょっと仕事の予定が変わって出勤時間が変わったから」

実は可愛い人だと前から気になっていて、話すきっかけとして傘を返してもらう口実を作りたかったから。聡は本心をまだ言わないようにした。

「傘を毎日持ち歩いたから返すのに大変でした」

初音も実はありがた迷惑だったとは言えなかった。

「確かに渡すだけ渡して次の日から来ないのは迷惑だね」

初音の本心を代弁すると二人で一緒に苦笑いをした。初音はソファーの角にもたれながら、左手でまだ暖かいカプチーノのカップをゆっくりと口に運ぼうとした。

「いつも深刻な顔をしてバスを待っているけど、仕事は何をされているのですか」

聡が訊ねた。

「実は仕事はしてなくて、薬をもらうために」

執筆:20 歳の時に過ごした北島タウランガの思い出が忘れられない京都出身。大阪と東京に移り住み、カナダでスキー、オーストラリアをオートバイで一周した後、NZの銀行で10年間仕事をしながら短編小説5話を執筆(キィウィの法則、初めての出会い、私の居場所、10枚のチケット、魔法の子育て)。夢は日本で本を出版すること。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.92(2017年11月号)」に掲載されたものです。

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