真実の悩み【第3回】

「私、毎晩すぐに眠れなくて。どうしても薬を飲まないと落ち着かないの。だから、近くの薬局に行く為によくバスに乗るの」

「そうなのですか、薬局に行く為にバスに乗っていたのですね。だから仕事は特にしてないって。普段は何かされているのですか」

週末のカフェは、昼の十二時を過ぎると混雑してきて、子供連れの家族により賑やかになってきた。少し歩きませんか、という初音の一言で、カフェを一緒に出て、公園に向かって歩いていった。二人の会話の中で、初音の柔らかくて優しい口調が弱々しい雰囲気を持たせ、時折敬語で話す聡の言葉が丁寧でありながらも冷たく感じとられていた。

「数ヶ月前までは短期間の英語語学学校に通っていて、始めは朝から夕方まで勉強していたの。それから朝だけのクラスに行くようになって、今は特に何もしてない。家でゆっくりしていたり、外に出たり」

先ほどまで、すれ違う人をよけながら歩かなければいけなかった人混みが、歩き進むと辺りは木々が茂り春の花が咲く、のんびりした雰囲気に変わっていた。聡は初音の歩く歩幅に会わせるように大きくゆっくりと歩き、初音が話す時は必ず目を見て話を聞いていた。

「だから仕事はしていないの」

初音はようやく聡の質問に答えた、そして続けて理由を説明した。

「学校もそうだけど仕事もあまり長続きできない。 昔からそうだけど、新たな事を始める時はやる気が出ていいのだけど、何か嫌な事があったり、失敗をしたりすると気持ちの整理がつかなくなってしまうの。一日の気持ちの沈みが数日になって、いつのまにか数週間、そして数ヶ月になる。そうしたら継続していることを意味もなく止めようとする。何もしなくなると夜に眠れなくなり、睡眠薬を飲んでしまう」

二人が歩く先には小さな公園があり、無邪気な子供達が楽しそうに走り回っているのが見えてきた。その子供を優しい表情で見守る母親が、椅子に腰掛けているのも見える。

「何でそんなことで落ち込んでしまうのですか」

思いがけない聡の急な言葉で、初音は思わず動揺してしまい立ち止まった。睡眠薬の事を話した時に、今までそのように言われた事がなかった。あらゆる人が初音に同調してくれていたはずなのに。

「どうして自分がかわいそうだと思うのですか」

悪気のない聡の言い方は率直な意見でありながら、それは時には人を傷つけることもある。

「よく落ち込むのはどうしてだか分からないし、自分のことはかわいそうだとは思ってはいないつもりだけど」

初音は普段は人から意見を言われると躊躇してしまい言葉にすることができない。けれど、今回だけはすぐに言い返すことができた。まるで、小さな子供が親に初めて言い返すように。

続く

執筆:20 歳の時に過ごした北島タウランガの思い出が忘れられない京都出身。大阪と東京に移り住み、カナダでスキー、オーストラリアをオートバイで一周した後、NZの銀行で10年間仕事をしながら短編小説5話を執筆(キィウィの法則、初めての出会い、私の居場所、10枚のチケット、魔法の子育て)。夢は日本で本を出版すること。

この記事は、ニュージーランドの日本語フリーペーパー「KIWI TIME Vol.93(2017年12月号)」に掲載されたものです。

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